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FPGA を活用した量子 AI シミュレーターの研究開発で従来比 1,000 万倍の高速化を実現

近年、社会の抱えるさまざまな課題を解決するため、ビッグデータや高度な機械学習/AIの活用が求められています。しかし現状の従来型コンピュータでは多種多様なパラメータを伴う計算処理を実用レベルで行うことはできません。以前より研究が進む量子コンピューティングは、同時に複数の計算ができることから、近年クラウドプラットフォーマーも積極的な投資や、量子コンピューティングのサービスを開始し、その実用化に向けて期待が高まっています。 ここでは、量子コンピューティングが社会やビジネスにもたらす可能性や、現状と課題、およびSCSKの取り組みについて解説します。

量子コンピューティングとは何か?

量子コンピューティングは、量子力学を用いて計算を実行するテクノロジーであり、これを用いた計算機が量子コンピュータです。

従来のコンピュータは、ビット単位をベースに、各ビットが1か0のいずれかの値で計算を実行しています。

これに対し量子コンピューティングでは、量子が同時に複数の状態で存在する特性(重ね合わせ)を利用し1つの量子ビットで同時に1と0の状態を表現する事で、同時に複数の計算を実行することが可能になります。問題の性質に大きく依存しますが、最新のスーパーコンピュータをもってしても膨大な時間がかかったり、複雑すぎて対応が困難だったりする問題を、量子コンピュータであれば短時間で解決することができる、と期待されています。

量子コンピューティングのもたらす可能性

それでは、量子コンピューティングを活用することで、どのような可能性が考えられるのでしょうか。 過去のニュースでは「計算速度が従来のコンピュータの1億倍」や「スーパーコンピュータが1万年かかる計算を数分で解いた」といった見出しが並んだこともありましたが、実際には理論値や実証実験のレベルであり、量子コンピュータが実用化されるまでにはまだ時間がかかる見込みです。 とはいえ、特定領域の計算速度が高速化することは間違いなく、従来型コンピュータでは対応困難な課題解決に役立つことが期待されています。

交通経路の最適化

これは、1人のセールスマンが複数の場所を訪問する際に最も効率的な道順を導く「組み合わせ最適化問題」の代表的なもので、最適解を導くには、全パターンの時間を個々に計算する必要があります。訪問先が増えると組み合わせの計算量は莫大になり、従来型コンピュータでは現実的には計算できない限界がありました。しかし、量子コンピューティングでは、複数経路の計算を同時に行う事で最適解を導くことが瞬時に可能です。 この問題を応用して、配送経路の最適化や、都市に存在する大量の車を最短の時間でそれぞれの目的地へ導く、交通経路の最適化などに適用できると考えられています。

人員配置の最適化

物流センターでは、出勤日が異なる作業員に対し、各人の能力や人間関係を考慮した上で毎日のチーム分担を決める必要があり、これも「組み合わせ最適化問題」の一つといえます。 量子コンピューティングを用いれば、メンバーの組み合わせで変化する作業員の生産性を計算し、全体の生産性が最大となるようチーム編成を組み合わせることができます。

金融商品の取引予測

金融業界では、アナリストがさまざまな仮定を織り込んだ計算式を使い市場予測を行ってきました。これも量子コンピューティングを用いることで、膨大なデータを解析し、あらゆる可能性を比較・検討したりすることで、予測の精度を向上させることが可能です。さらに機械学習と組み合わせれば、最適な投資戦略の構築、ポートフォリオ策定支援、マーケットの動きや価格形成のモデル化、モンテカルロ・シミュレーションなどを高速に行うことも可能になります。

新薬開発の高速化

新薬開発においては、分子同士の組み合わせによるシミュレーションにより、その効果を予測します。従来型コンピュータはシミュレーションのスピードに限界がありましたが、量子コンピューティングを用いる事で格段に高速なシミュレーションが可能になります。

量子コンピューティングの現在地

現在、世界では、IBMやGoogleなどのメガベンダーが量子コンピュータ(ハードウェア)の実用化に向け量子ビットの大規模化を目指しています。

量子コンピュータには大きく、大規模超並列計算が可能な「ゲート型」と、組み合わせ最適化問題に特化した「アニーリング型」の2種類があります。

ゲート型では、IBMが2021年、127量子ビットのプロセッサである「Eagle」を発表しました。国内でも、東京大学と日本IBMが2021年7月に27量子ビット商用システム「IBM Quantum System One」の稼働を開始しており、製造や金融など各分野の大手企業による活用への取り組みが進められています。

一方、アニーリング型も実用化の段階に入っており、カナダのD-Wave Systemsが2020年10月に5000量子ビットを超える最新機種「D-Wave Advantage」をリリース。米ロスアラモス国立研究所が第一号の顧客としてこれを導入しました。国内では、産業技術総合研究所が2021年7月、超伝導量子ビットから構成される量子アニーリングマシンの開発と、組み合わせ最適化問題の動作実証に初めて成功しています。

量子コンピュータの実用化には万単位の量子ビットが必要とされており、従来型コンピュータでは解けないような暗号解読が可能になる100万量子ビットの実現には、あと10年ぐらいかかると言われています。また、量子コンピュータ特有の問題として、環境との相互作用によって計算エラーが発生するというものがありますが、これを解決するため、NTTなど国内外の各社が誤り訂正技術について研究を進めています。

現時点では、量子コンピュータの実用化には課題が多い状況ではあるものの、将来の実用化を見越して、量子コンピュータで稼働するソフトウェアやアルゴリズムの開発や、量子コンピュータを疑似的に実現する量子シミュレーターの開発が、世界のさまざまなITベンダーで行われています。

SCSKの研究開発

現在の量子コンピューティングを取り巻く環境は、ハードウェアとしての量子コンピュータを「作る」シーンと、将来的に社会やビジネスで活用するために「使う」シーンが同時進行している状況にあります。 このような中で、SCSKは将来的な量子コンピューティングを活用したアプリケーションの提供を見据え、ソフトウェア開発を促進するアルゴリズム、SDK/API、シミュレーターなど開発環境の整備に取り組んでいます。

また、SCSKは東北大学「量子コンピューティング共同研究講座」への参画、東京大学「量子ソフトウェア寄付講座」の設置といった産学連携や、お客様や他社との共創・実証実験なども積極的に進めてまいります。

量子AIシミュレーター

量子コンピュータを汎用的なアーキテクチャやソフトウェアでシミュレーションする量子シミュレーター。当社では、独自の量子AIアルゴリズムを考案し、効率的な並列処理とカスタム化の特性をもつFPGA(※1)を活用する事で、高速処理が可能な量子AIシミュレーターを開発しました。従来のシミュレーターより格段に高速な処理を実現でき、現状の量子コンピュータと比べて大幅なコスト削減が可能です。また、この量子AIシミュレーターは、複数のFPGAで並列処理する可能性も視野にいれ、より柔軟性の高いクラウド環境(Amazon EC2 F1 インスタンス)で構築しています。そのため、インターネットがあればどこからでも利用できるようになっています。

量子AIシミュレーター実現のため、当社はCPU-FPGAヘテロジニアス・コンピューティング(※2)による手法を採用しました。アルゴリズムの観点からは、量子SVM(※3)は量子カーネル推定(※4)と残りの機械学習タスクに分けることができます。量子カーネルのシミュレーションは計算負荷が高く、FPGAを搭載したEC2 F1インスタンスで実行できます。一方、次元削減(主成分分析など)や機械学習パラメータの最適化などの残りのタスクは、既存の古典的ライブラリ(scikit-learnなどの機械学習ライブラリ)を使用してクラウド内のCPU上で効率的に実行できます。

さらに、量子回路から成る量子カーネルとそのFPGA実装を協調設計しました。まず、何百もの特徴量に適用できる量子カーネルを得るために、一連の量子カーネルの積を使用する方式により、それぞれの量子カーネルは入力データの一部を使用し独立して高速計算することができます。また、FPGAを搭載したEC2 F1インスタンスでタスクを効率的に計算できるように、量子回路演算から複素数行列乗算を含む様々な演算に数学的に変換する実装部分を、今回の量子カーネルに合わせてカスタマイズしたアルゴリズムを設計して実装しました。

※1 FPGAはユーザー独自の回路に書き換え可能な演算デバイスです。
※2 CPUとFPGAの異なる種類のプロセッサを組み合わせて構築したコンピュータシステムを指します。
※3 量子SVM(量子サポートベクターマシン)とは、教師あり学習による機械学習モデルの一つであるサポートベクターマシンの量子版です。
※4 カーネルとは学習データ間の類似度の情報を表現した行列です。

FPGA実装による量子AIシミュレーターによって、機械学習の学習データ1,000件に対する演算処理が、CPUで行ったときと比べて約470倍高速であると実証されました。また、従来のシミュレーターではマシンラーニングの学習データ400件に対する演算処理に16.5時間を要していましたが、量子AIシミュレーターではAIに特化したアルゴリズムとFPGAを活用することで、5.8ミリ秒で処理することが可能に。約1,000万倍の高速化を実現しています。

今後SCSKでは、価格や材料特性などの数値を予測する回帰問題など、より多くの機械学習用途に対応した量子AIアルゴリズムを実現することで、量子AIシミュレーターの用途をさらに拡大させていく予定です。

プレスリリース:  https://www.scsk.jp/news/2022/pdf/20220714.pdf
研究論文:  https://arxiv.org/abs/2206.09593

本研究に関連する過去の研究はこちら
「エッジAI時代に向けたDNN推論の高度化と高速化」