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OSS X Users Meeting #30「ここから広がる量子コンピュータの世界」

2021年3月17日に「OSS X Users Meeting#30」を開催いたしました。 当日は423名の方々にご参加いただきまして、誠にありがとうございました。 <OSS X Users Meeting> は、2012年にSCSK R&Dセンターが中心となり「OSSユーザーのための勉強会」として発足したもので、「旬な、注目の OSS」をテーマに開発コミュニティの当事者とこれからOSS を学びたい人との交流・相互理解を通じ、 共に見識を高めるための勉強会&セミナーイベントです。 30回目の開催となる今回は『ここから広がる量子コンピュータの世界』と題し、近年、次世代のコンピューティング技術として注目を集めている“量子コンピュータ”をテーマに、有識者の皆さまに最新の状況についてご講演いただきました。 


開会、挨拶

まず、開会にあたり法政大学の坂本寛氏にご挨拶をいただきました。 「<OSS X Users Meeting> は2012年の発足から国立情報学研究所を会場に多くの会を開催してきました。30回目の開催となる今回は量子コンピュータを取り上げます。今回もそうそうたる有識者の方々をお招きし、量子コンピュータの仕組みや現状に加え、実用化に向けた具体的な取り組みまで講演いただきます。皆さまにはぜひ、これから始まる量子コンピュータの世界を体感いただければ幸いです。」(坂本氏)

量子アニーリング等イジングマシンの研究開発の現状と今後の展望

慶応義塾大学
理工学部 物理情報工学科 准教授
田中 宗氏

オープニングセッションでは『量子アニーリング等イジングマシンの研究開発の現状と今後の展望』をテーマに慶應義塾大学理工学部物理情報工学科 准教授 田中宗氏に講演いただきました。
田中氏は量子アニーリング等イジングマシンについて解説しました。

「膨大な選択肢から制約条件を満たしベストな選択肢を探索する組み合わせを見つけ出す『最適化問題』において、精度の高いベターな解を高速に得ることができるのが量子アニーリング等イジングマシンです。なお、量子アニーリングマシンはイジングマシンの一例に当たります。

組合わせ最適化問題の例として良く取り上げられるのが巡回セールスマン問題です。これは訪問すべき場所がnヶ所あり、全ての場所を一度ずつ訪問する必要がある。それを最小コスト(時間、距離、交通費)で訪問する方法の解を得るのにイジングマシンは適しています。このほかにもスケジューリング、配送計画、スマートシティ、集積回路設計などでの活用に量子アニーリング等イジングマシンは大きな期待を集めています。ただし、組合わせ最適化問題をイジングモデルやQUBO(イジングマシン)で表現するためにはさまざまな工夫が必要です。

現在、量子アニーリング等イジングマシンの応用探索研究は活発に進められています。 応用探索先としては、組合わせ最適化問題、機械学習、物理・化学シミュレーションの3領域で、イジングモデル・QUBOに変換可能な問題に広く適用可能です。」(田中氏)

量子アニーリング等イジングマシンの応用探索に関して田中氏は多くの企業との共同研究に取り組まれてきました。その中から具体的な事例としてオンライン広告表示最適化、マテリアルデザイン、集積回路や配送最適化、グラフ構造解析、マルチモーダル交通システムのケースを説明しました。
量子アニーリング等イジングマシン分野においては今後、乗り越えなければならない課題も少なくありません。

「研究者レベルだけでなく、より広範な分野での利用促進に向けて数多くの取り組みが進んでいます。また、人材育成に向けたIPAによる事業も行われています。一方で課題も多く存在します。量子アニーリング等イジングマシンの発展のためにはハード/ソフト、応用探索、理論研究など、さまざまな分野・業種の研究者・エンジニア、さらにビジネスレイヤーの方々の参入が必要不可欠です。多くの方々の参入を心からお待ちしています。」(田中氏)


量子アニーリング等イジングマシンの研究開発の現状と今後の展望:セッション資料 


量子コンピュータハードウェアの研究開発最前線


産業技術総合研究所
新原理コンピューティング研究センター
総括研究主幹
川畑 史郎氏

第2セッションには産業技術総合研究所新原理コンピューティング研究センター 総括研究主幹の川畑史郎氏が登壇、『量子コンピュータハードウェアの研究開発最前線』をテーマに講演いただきました。

初めに、川畑氏は量子コンピュータの世界でいま起こっていることについて解説しました。

「超伝導量子コンピュータの開発は1999年に日本のNEC研究所でスタート。18年後の2017年になって9ビットに到達したというゆっくりとした進化のペースでした。少し前までは100万量子ビットの実現は来世紀と考えられていたほどなのです。しかし、2017年から一気に集積度が向上。量子ハードウェアは現在65量子ビットですが、2035年ごろには100万量子ビットに到達することを目標に開発競争が進んでおり、中でも米国と中国とが激しく争っています。」(川畑氏)

量子コンピュータの優れた点は量子の重ね合わせによる並列計算ができることだといいます。量子ビットが増えることで指数関数的に計算速度が増加するためです。量子コンピュータによって指数関数的に高速に解ける数学的問題は数多ある数学的問題の中でわずか100個程度ですが、そのうちのいくつかは産業に破壊的なインパクトをもたらすと考えられており、世界中の企業が続々と参入しています。特に活用が期待される分野が人口知能、創薬、運輸、新素材開発、金融です。ただし、量子コンピュータによる指数加速は特定の数学的問題に限られます。そのため、将来的にはスパコンとの共存が現実的と考えられています。

量子コンピュータのハードウェア作製には超伝導、シリコン・ゲルマニウム、イオントラップ、トポロジカル、シリコンフォトニクスと大きく5つの手法があります。現状は超伝導とイオントラップがツートップだといいます。しかし、ハードウェア大規模化に向けた課題は山積みです。

「技術課題の一つが大規模化です。超伝導量子ビットのサイズは0.1〜1ミリ㎡。微細化すると動作しなくなったり性能が劣化するので、一般のコンピュータチップと異なりデナード・スケーリングが成り立ちません。1億量子ビットチップを作ろうとするとサイズは体育館程度になります。」(川畑氏)

また、大規模化した場合、周辺エレクトロニクス装置群の消費電力が膨大になります。さらに、大量の配線による冷凍機への熱流入も極めて深刻な課題です。その解決策として周辺エレクトロニクス装置を必要機能に絞ってシステムオンチップ化し、冷凍機の中に配置するクライオCMOS制御回路という方策が考えられています。また、量子ビットチップの大規模化に向け、世界中で大型冷凍機の開発が激化しています。

量子コンピュータの開発に向け、産学官連携は必須です。日本でも文科省Q-LEAP、国立研究開発法人科学技術振興機構 ERATO、国立研究開発法人新エネルギー・産業開発総合開発機構(NEDO)AIチップ・次世代コンピューティング事業、内閣府ムーンショットにおいて産学官連携が進んでいます。また、川畑氏が理事を務める「量子ICTフォーラム」が中心となって産学官連携を進めていますが、さらに多くの方々の参加を呼び掛けて講演を締めくくりました。

Qulacsによる世界最速量子計算シミュレーション

株式会社QunaSys
Lead Engineer
今井 良輔氏

第3セッションでは『Qulacsによる世界最速量子計算シミュレーション』をテーマに株式会社QunaSysのリードエンジニアである今井良輔氏に講演いただきました。

今井氏が所属するQunaSys社は2018年に設立された会社ですが、量子コンピュータ向けアルゴリズムおよびソフトウェアの開発で世界に先駆けた取り組みを行っています。講演の冒頭で今井氏は量子計算について解説しました。

「量子計算と対比される古典計算(通常の計算)はデータを保持するレジスタを持ち、そこから読み出した値を演算してレジスタに戻す装置です。これに対して量子計算は量子的なレジスタを持ち、その状態をその場で書き換えていく装置です。なお、量子的というのは重ね合わせ・もつれといった非日常的な性質のことであり、つまり量子コンピュータは非日常的な性質によって計算をする装置なのです。」(今井氏)

量子計算を試してみたいという方は多いと思いますが、一方でコストが高くつくと考えられています。この点について今井氏は「OSSで手軽に試すことができます」と述べ、量子計算シミュレーター「Qulacs」について紹介しました。

Qulacsは藤井啓祐研究室(大阪大学)で開発されたもので、現在はQunaSysが保守・継続開発を行っています。オープンソースとして公開されており、すでに10万回近くダウンロードされています。

「Qulacsはヘビーな量子計算シミュレーションを可能な限り高速化するもので、世界最速の量子計算シミュレーションが可能です」(今井氏)

最後に、今井氏はQulacsの活用例を解説しました。一つ目が量子アルゴリズム開発です。

「スーパーコンピュータによる計算の40%は化学シミュレーションと言われていますが、古典コンピュータにとって量子化学(化学シミュレーションの最も厳密な手法)は難問です。一方、量子コンピュータにとって量子化学は扱いやすい問題であり、化学計算が最も有望な実用先と考えられています。実際、材料開発の現場で行われるさまざまな計算が量子コンピュータ上で動くようになってきています。実機ではなくシミュレータを使うことで時間とコストの節約などのメリットがあります」(今井氏)

もう一つの活用例が量子化学計算クラウドサービス「Qamuy」です。

「これはQunaSysが提供するクラウド上で量子計算による量子化学計算を行うサービスです。同一入力ファイルについてシミュレータと量子コンピュータ(実機)の両方で計算を実行することができます。」(今井氏)

Qulacsによる世界最速量子計算シミュレーション:セッション資料 

量子コンピュータと量子機械学習の最新トレンド

blueqat株式会社
代表取締役
湊 雄一郎氏

第4セッションにはblueqat株式会社 代表取締役の湊雄一郎氏が登壇、『量子コンピュータと量子機械学習の最新トレンド』をテーマに講演いただきました。

blueqat社は世界で11社、日本では2社しかないアマゾンの量子パートナーであり、日本のベンチャー企業で初めてIBMの量子パートナーになっています。冒頭、湊氏は市場動向について説明しました。

「現在、量子コンピュータの市場においてアプリケーションの市場規模が爆発的に増大しています。量子コンピュータの性能がスパコンを凌駕する2024年までには最大で500億ドル規模に、量子コンピュータが完成して汎用的になると考えられている2050年までには最大で8500億ドル規模に拡大すると予想されています。国内市場も2030年度には2300億円規模になると予想されています。」(湊氏)

量子コンピュータクラウド分野ではIBM、アマゾン、マイクロソフト、グーグルが4強とされています。IBMはクラウドで先行しユーザーコミュニティが盛んであること、アマゾンはパブリッククラウドとの連携、マイクロソフトはWindowsユーザーコミュニティ、グーグルは機械学習フレームワークとの連携、というようにそれぞれ強みを持っています。

さまざまなハードウェアの競争も進んでいます。超伝導方式(IBM/Google)、イオントラップ方式(IonQ/Honeywell)、シリコン量子ビット(Intel/SQC)の3つが量子ゲート方式と呼ばれており、これとは別に計算原理の異なるフォトニクス方式(Xanadu/PsiQ)もあります。

量子コンピュータにおけるアプリケーションについては現在、量子アルゴリズム3.0にあたり、FTQC、NISQアルゴリズムが中心になっています。

「開発は量子プログラミング、シミュレータでのテスト、量子コンピュータ実機にクラウド経由で接続、結果の後処理を手元のPCなどで行う、という4ステップで行われます。開発環境はOSS中心に整っており、プログラミングやシミュレータについてはOSSツールのダウンロードができます。ただ、実機はクラウド契約が必要になります。その部分とSDKをblueqatは事業として提供しています。」(湊氏)

シミュレータでの実行には多くの例があるものの実機を使った成果発表は限定的であり、まだまだ課題も多いといいます。

「その一つが実機で機械学習を回すコストの高さで、数十万から数百万かかるため資金力がないとパフォーマンスチェックができません。」(湊氏)

今後の量子コンピュータのトレンドとしてIBM超伝導のロードマップを見ると、誤り訂正を進めつつ量子ビットの増加を目指しています。Honeywell、IonQのイオントラップでも同様です。

湊氏は最後に、

「量子コンピュータのトレンドは3年ごとに変わっているので、1つの方式に決めず常に軌道修正しながら量子コンピュータの実機を使った計算を試されていくことをお勧めします」(湊氏)

と語り、講演を締めくくりました。

量子コンピュータと量子機械学習の最新トレンド:セッション資料 

DENSOにおける量子アニーリング研究開発

株式会社デンソー
AI研究部 データサイエンス研究室
量子コンピューティング研究課長
門脇 正史氏

最終セッションでは『DENSOにおける量子アニーリング研究開発』をテーマに株式会社デンソー AI研究部 データサイエンス研究室 量子コンピューティング研究課長である門脇正史氏に講演いただきました。

初めに、門脇氏は1998年に東京工業大学の西森教授と共に自身が基本原理を提唱された量子アニーリング方式について解説しました。量子アニーリングは量子ビットの自然な状態変化(量子ゆらぎ)を利用するもので、2011年にカナダのD-Wave社が世界初の商用量子コンピュータの動作原理としてこの理論が採用したことで大きな注目を集めました。そのメリットが発揮されるのが、膨大な選択肢からベストな組合せを見つけ出す最適化問題です。

現在、D-Wave社の量子アニーリングマシンは2020年秋には5000量子ビットの実装までできるようになっています。D-Wave量子プロセッサ(量子アニーラ)の開発状況は確実に進んでおり、2年で倍の量子ビットを実現するペースで進化しています。

デンソーとしてはユーザーの立場からアプリを重視しつつ、必要に応じてミドルウェア(組合せ最適化)、OS(量子ビットへのマッピング)、さらにハードウェアについても取り組むという方針です。

「自動車業界でも実用アプリケーション開発に向けた取り組みが盛んに行われています。弊社では2015年より研究開発に取り組んでいますが、その後、世界から大手自動車メーカーが次々と参入し、さまざまなアプリケーションが開発されています。弊社では2025年までに工場の最適化、交通分野(MaaS)、新素材などの分野においてある程度の成果を出すことを目標に研究開発を進めています。」(門脇氏)

一方、アプリケーションPoCを行うなかで、並行して大規模ソルバーの開発が必要だということがわかってきたといいます。

「実用アプリのための有効な手段が量子コンピュータと古典コンピュータを組み合わせて計算を行う量子古典ハイブリッドソルバーです。デンソーで開発した”HQA”(ハイブリッド量子アニーリング)では、計算時間と計算精度において古典ソルバーを大きく凌駕する成果を得られました。現状でも10万変数くらいの問題は解けると考えています。」(門脇氏)


閉会、挨拶

イベントの最後にSCSK R&Dセンター センター長の杉坂浩一より閉会の挨拶をさせていただきました。

「記念すべき30回目のミーティングでは、私自身が一番興味のある量子コンピュータをテーマに取り上げさせていただきました。ハード、ソフト、アルゴリズムなどの側面からかなり凝った解説がされたものと思っております。大変な情報量であったと思いますが、その熱量こそが今の量子コンピュータの姿であると感じていただければ幸いです」(杉坂)

30回目の開催となった「OSS X Users Meeting」は全国各地からたくさんの方にご参加いただくことができました。次回も皆さまの参加を心よりお待ちしております。

セッション中に記録された グラフィックレコーディング